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東京地方裁判所 昭和33年(行)15号 判決

原告 鈴木治作

被告 神田税務署長

主文

被告が原告に対する滞納処分として別紙第一目録記載(一)ないし(四)の不動産についてした差押処分はこれを取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が別紙目録記載(一)ないし(四)の不動産(以下本件不動産という)に対してした公売処分の執行はこれを許さない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因および被告の主張に対する反論として次のように述べた。

一、被告は原告に対し、原告が昭和二十五年度分所得税として百十五万千四百四十円、昭和二十六年分(第一、二期)所得税として四十一万六千七百円、右両所得税に対する利子税として合計三十万二千八百二十円、以上合計百八十七万九百六十円を滞納しているとしてこれが徴収のため滞納処分として原告所有の本件不動産に対し差押処分をし、公売期日を昭和三十二年三月七日午前九時と定めた。しかし、原告は昭和二十五年度分所得については所得金額を九十九万二千八百円と申告し、その税額四十万六千二百九十円を昭和二十五年十二月二十二日、昭和二十六年一月二十四日および昭和三十年八月十六日の三回に分けて完納し、又、昭和二十六年度分所得については王子税務署長に対しこれが申告および所得税の納付を完了していて、原告は右所得税につき滞納していないから、右差押処分は違法である。

二、被告が原告の昭和二十五年度分の所得についてその主張するような更正処分をしたことは否認する。

被告は右更生処分はもちろん原告の所得金額について調査すらしていないのである。このことは、次に述べることからも明らかである。すなわち、

(一)  被告は原告に対し昭和二十七年二月、いつたん原告の昭和二十五年度所得税につき滞納処分として原告の電話加入権につき差押をしたが、その差押調書(甲第十二号証の一、二)に記載されている税額は明らかに原告の右申告額を基礎として算定したものであつて、このことは被告が原告のした右申告額を是認したことを示すものである。

(二)  地方税たる個人事業税を決定するに当つてその課税標準額は前年度における所得金額である(地方税法第七百四十四条)から昭和二十六年度分の原告の事業課税標準は昭和二十五年度分所得金額であるところ、所轄千代田税務事務所について原告が調査した結果によれば、これは金九十九万二千八百円と記入されていて原告が被告に申告した前記の所得金額と一致するのみならず、その余の更正にかかる分の金額を発見し得ないものであり、このことは被告が原告の昭和二十六年度の地方税たる事業税の課税標準として原告の前記の申告額を千代田税務事業所に供し、神田税務署備付の徴税調査簿には事業税の課税標準となるべき如き更正所得金額の記載がなかつたことを示すものである。

三、原告はまた被告より被告主張の更正決定通知をうけたことおよび被告から納付期限を定めた納税告知書の送付を受けたことはない。

したがつて、更正決定による税額につき滞納があることを前提としてした本件差押処分は違法である。被告は原告に対する通知と同時に田村柳吉、広瀬久光なる者にも通知を発し、広瀬については昭和二十七年六月十日到達したと主張するが、かりにそのようなことがあつたとしても原告に対して更正決定通知があつたかどうかとは関係がない。被告の主張する特別事情なるものの存否は原告において主張、立証すべきことではないのみならず、被告の右主張するころはおよそ意思表示の効力の発生に関する原則(いわゆる到達主義)すら否定する結果となるもので失当である。

四、被告の仮定的主張は争う。本来、滞納を理由に差押処分をするにはその前提としてこれが徴収につき税種、税目などを明らかにした督促状を交付して督促をしなければならぬ(国税徴収法第十条、第九条、同法施行細則第四条、同条所定二号書式)ところ、被告主張の利子税、延滞加算税については原告に対し督促状の送付がなされていない。これは確定申告に対する更正決定による課税額を徴収するための督促状をもつて右利子税等についての督促状に代えることは許されない(所得税法第三十五条、国税徴収法第九条第一項本文、同法施行細則第四条)。従つて被告の右仮定主張はそれ自体失当である。原告が被告主張の日に三千円と五千円とを納付したことはそのとおりであるが、その納付が被告の主張するように被告から原告に利子税等につき督促状を送付したため、これに応じてなされたものであるとの点は否認する。原告は右のように利子税、延滞加算税について督促状の送付はうけていないのみならず、本来申告納税制度のもとにおいては申告をすると同時に納税をするのが原則であるところ、原告の昭和二十五年度における真実の所得は二十万四千八百六十円(原告は当時水道附属の給水向金物の販売業を営んでおり、その純利益が右のとおりであつた。ただし、右は原告の個人営業であつたからその額より基礎控除、扶養控除等をすれば課税所得金額は十万円程度のものであつた。)であつたのに、原告は被告もしくは国税局員から少くとも前年度(昭和二十四年度)における申告額より多額でである所得金額による申告をせよとの旨のいわゆる「お知らせ」と称する配賦主義による強制をうけ、その結果存在しない所得金額を存在するように装つて九十九万二千八百円と申告することを余義なくせられてこれをしたのであり、そのような事情から原告としては右申告と同時に納付すべき金銭を調達することができず小銭を集めては三千円、五千円と支払つて、納付の意思を明確にしたまでにすぎず、被告の主張する督促をうけた結果納付したものではない。

五、また、被告の主張するような利子税が存在することを否認する。このことは原告が昭和三十年八月十六日に昭和二十五年度分所得税第三期分三十九万六千二百九十円を被告に対し納付した際他に手数料等原告が納付すべき金銭はないかと質問したところ、国税局徴収官滝沢某は右の納付によつて完済となる旨答えて、利子税等の未納付金などについては全然応答がなかつたし、その請求もなかつたことから考えても明らかである。なお、もし被告主張のように被告が原告に対しその主張するような利子税をも加えて督促したものとすれば、所得税徴収簿には利子税の未納分があることの記載があつたはずで、右のように完済である旨答えたいきさつからすれば利子税についてはこれが算出について計算をしていなかつたものというのほかない。

六、仮りに以上の主張が理由がないとしても、原告は昭和三十三年二月二十七日利子税等を完納したから、もはや原告には被告の主張する滞納はない。(立証省略)

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

一、原告主張事実中被告が原告所有の本件不動産に対し原告主張のような差押処分をし、公売期日をその主張のとおり定めたこと、原告が昭和二十五年分の申告所得金額に対する原告主張の所得税(ただし納期におくれたことによる利子税を除く)を原告主張の日に納付したこと、昭和二十六年度分所得税については未納分がないこと(原告は従来東京都千代田区神田東紺屋町一番地に営業所を有し同所を納税地として昭和二十五年分まで毎年被告に対し納税の申告をしてきたのであるが、昭和二十六年分については期中において右事業を廃止し原告主張のとおり王子税務署長に対し申告がなされ、同署長において更正することなく確定していることが本訴の提起された後に至り調査の結果判明した。)、被告は本件不動産を現在差押中であることは認めるが、昭和二十五年度分の所得に関しては全額納付ずみであること、本件差押処分が被告のした更正処分による税額だけについてなされたものであること、原告が更正処分の通知を受けないこと、原告のした昭和二十五年度分の確定申告による所得税の利子税について督促状の送付を受けたことがないこと、本件差押処分が違法であることは否認する。その余は争う。

二、本件差押処分は、次のとおり適法である。

(一)  原告は被告に対し原告の昭和二十五年度分の所得について、その所得金額を九十九万二千八百円、所得税額を四十万六千二百九十円と確定申告をしたが、東京国務局調査査察部において調査した結果、原告の所得金額は二百九十九万八千七百五十円、原告が納付すべき所得税額は右確定申告によるそれのほか本税額として百九万六千六百四十円、過少申告加算税五万四千八百円、合計百十五万千四百四十円であることが判明したのである。しかして被告は昭和二十七年五月三十一日原告に対し前記調査額のとおり更正処分をし、同年六月九日原告にその旨通知するとともにその納付期限を同年七月九日と定めて納税告知書をも送付した。これに対し原告は昭和二十五年十二月二十二日に三千円、昭和二十六年一月二十四日に五千円を納付したのみであつたので、被告は昭和二十七年九月三日原告に対し納期を同月十三日と定めて右更正した税額および昭和二十六年度分の所得税の納付方を督促状を送付して督促したが、納付しなかつたので、被告はまず昭和二十七年十二月十五日に本件(四)の不動産につき、又、更に昭和二十八年九月十八日本件(一)ないし(三)の不動産につきそれぞれ差押処分をし、それぞれ同日その旨原告に通知したから、何ら違法の点はない。

原告は昭和二十五年度分の所得税につき右のような更正決定通知をうけたことなく本件公売期日(昭和三十二年三月七日午前九時)の通知によりはじめて知つた旨主張するが、その理由がない。即ち、被告が原告に対し更正決定の通知をするについては、被告は東京国税局長から昭和二十七年五月二十一日前記調査の結果により原告の昭和二十五年度分所得について更正処分をするよう指示をうけたので、原告に更正処分の通知をしたのであるが、その際被告は当時原告と同じ管内にあつた訴外広瀬久光、田村柳吉の両名に対する更正決定の通知(但し同人らについては昭和二十六年度の所得税についてである)をも同時にしたところ、広瀬は昭和二十七年六月十日これを受領している(このことは同人から提出された審査請求書により明らかである)ので、特段の事情のない限り同人と同時に発送された原告に対する右更正決定の通知書も同日原告に到達している筈である。のみならず、原告は前記のとおり督促状、差押処分通知書を受領していながら何らの異議の申立をすることなく放置していたのであり、本件不動産が公売処分に付されるや、はじめて本件課税処分を知つたもののように主張することは事実に反することである。

(二)  仮りに右更正決定の通知書が原告に到達していないとしても、原告は昭和二十五年度分所得の確定申告において所得税額を四十万六千二百九十円と申告しているところ、原告が昭和二十五年十二月二十二日に三千円、昭和二十六年一月二十四日に五千円、昭和三十年八月十六日に三十九万八千二百九十円をそれぞれ納付しているが、それらの納付金額は原告のした確定申告にかゝる本税額だけであつてこれに対する右各納付の日までの利子税と延滞加算税との合計三十万二千八百二十円についてはいまだ納付されていないから、右の滞納分だけによつても本件差押処分は適法、有効である。本件差押処分が原告主張のように前記更正決定にかゝる税額だけについてなされたものではないことは、本件差押処分の差押調書(乙第九、十号証)の記載により明らかである。

(三)  本件差押処分は原告のした確定申告による昭和二十五年度分所得税のうちいまだ納付されていなかつた三十九万八千二百九十円(本税)とこれに対する利子税、延滞加算税についてもなされたのであるところ、右本税および利子税についても督促状を原告に対し送付してある。即ち、神田税務署備付の申告所得税徴収簿の記載により明らかなとおり、確定申告分のうち第一期分二十万九百六十円については昭和二十五年八月二十五日、第二期分二十万九百五十円については同年十一月二十二日および第三期分四千三百八十円については昭和二十六年三月三十一日それぞれ右各本税に対する所得税法所定の利子税とともに国税徴収法施行細則第四条所定の書式による督促状を原告に宛て送付しているのである。なお、原告は被告のした右督促に応じ昭和二十五年十二月二十二日と昭和二十六年一月二十四日に前記のとおり納付しているのである。なお、右利子税および延滞加算税合計三十万二千八百二十円の算出根拠は別紙第二目録記載のとおり(適用法条は利子税につき所得税法第五十四条、延滞加算税につき国税徴収法第九条第五項)である。(立証省略)

理由

一、被告が原告において昭和二十五年度分所得税として百十五万千四百四十円、昭和二十六年度分(第一、二期)所得税として四十一万六千七百円およびそれらの所得税に対する利子税として合計三十万二千八百二十円、以上合計百八十七万九百六十円の納付につき滞納しているとして、これが徴収のための滞納処分として本件不動産に対し差押処分をし、現在差押中であること、原告が原告の申告した昭和二十五年度分所得についての所得税四十万六千二百九十円に対する納付分として昭和二十五年十二月二十二日、昭和二十六年一月二十四日および昭和三十年八月十六日にそれぞれ三千円、五千円および三十九万八千二百九十円を納付したこと、昭和二十六年度分所得税については未納分がないことはいずれも当事者間に争がない。

二、被告は本件差押処分が適法であることの理由として、昭和二十五年度分の所得税について昭和二十七年五月三十一日に更正決定(その内容は原告の同年度の所得を二百九十九万八千七百五十円とし、その所得税として原告の申告による額のほか百九万六千六百四十円を加えおよび過少申告加算税五万四千八百円としたものである。)をし、これを同年六月九日原告に通知しその通知書はその頃原告に到達したから原告はこれが更正決定額につき納付義務があつたところ、前記のようにすでに三千円および五千円が納付されていたゞけであつたので、昭和二十七年九月三日被告は原告に督促状を送付したうえで右更正処分による所得税等の徴収のために本件差押処分がなされたのである。仮りに更正決定の通知が原告に到達していないとしても原告の申告にかかる所得税についてさえも各納付の日までの利子税、延滞加算税の合計三十万二千八百二十円が未納付で、その徴収のため督促状を原告に送付したうえでなされた本件差押処分である旨主張するので、以下順次判断する。

三、昭和二十五年度分につき被告の主張する更正処分がなされその通知書が原告に交付されているかどうかについて。まず証人服部昭一の証言、同証言により真正に成立したものと認める乙第一号証の一、二、同第二、三号証によれば被告が昭和二十七年五月二十一日付で東京国税局長から同局調査課で調査した結果にもとずき更正等の処理をするようとの通知をうけ(乙第一号証の一、二)、被告が昭和二十七年五月二十一日より同月三十一日までの間において被告主張のような更正決定をしたとして同年六月二日付でその旨国税局長に報告したこと(乙第二号証)、その処理手続の過程において右更正決定通知書が原告えの送付分として作成されたことは窺い知ることができるように見える。又、証人伊藤虎夫の証言、同証言により真正に成立したものと認める乙第四号証によれば人名別徴収簿の町別担当者は更正決定の決議書副本と納税者用の通知書とをもとにして納税告知書を作成し、その通知書を総務課総務係において発送するがその手続が終つた後において申告所得税徴収簿(乙第四号証)が作成されること、同徴収簿(乙第四号証)中には申告の記載のほか被告主張のような更正の所得金額等の記載がなされていることが認められる。又同証人の証言により真正に成立したものと認め得る乙第五(一人別徴収簿)第六号証(督促決議簿)には、被告主張の如き更正による徴収決定税額、利子税額、延滞加算税額の記載及び更正決定にかかる所得税の納付について昭和二十七年九月三日に督促がなされた旨の記載がある。

しかるに右乙第四号証中の更正に関する記載らんには「昭和二十七年八月三十一日更正」と記載されており、右乙第五号証中の更正の記載もその年月日を「昭和二十七年八月三十一日」としていること明らかであり、前記のように被告が昭和二十七年六月二日付で東京国税局長へした報告内容と相違している。昭和二十七年八月三十一日付で更正処分をした税額につき同年九月三日直ちに督促手続をすることの不自然であることは証人伊藤虎夫の証言によつても明らかである。右の記載が同年五月三十一日の誤記であるという的確な証拠はない。しかのみならず、成立に争ない乙第九号証(差押調書)の記載によれば被告はすでに昭和二十七年十二月本件物件中(四)の建物につき滞納処分としての差押をしたが、その滞納金額として差押調書に記載されたのは昭和二十五年度所得税一期ないし三期分合計三十九八千二百九十円及び昭和二十六年度所得税一期ないし三期分(税額は省略)であるが、昭和二十六年度所得税について原告に滞納がなかつたことは当事者間に争ないところであり、右昭和二十五年度分のそれは原告の申告にかかる所得に対する税額四十万六千二百九十円から、そのころまでに原告において二回に納付した金八千円を控除した金額に一致することは明らかであるから、被告主張の更正処分後に属する右差押当時、被告主張の更正にかかる金額が調書上記載されていないことは全く不可解といわなければならない。また成立に争ない甲第六号証の一ないし三の記載と証人鈴木利雄の証言及び原告本人尋問の結果によれば原告はその後東京国税局からの請求によつて昭和三十年八月十六日同局において昭和二十五年度分所得税残額として金三十九万八千二百九十円を納付したが(右支払の事実は当事者間に争なく、この金額が原告の申告税額の残額に一致することは前記のとおり)、そのさい同局係官においても原告側においても右金額をもつて原告の納付すべき税額のすべてとしており、その他にとくだんの金額の残存することについてはなんらの指示のなかつたことがうかゞわれる。右三十九万余円という端数のある金額が原告の支払うべき税金残額の一部として領収されるというかくべつの諒解があつたことを認めるべきものはない。残額の有無にかかわらず国としては納税義務者の納付するものをだまつて領収すれば足りるというような考え方は常識上なつとくできないところである。更正の決議書の原木は証人服部昭一の証言によれば被告庁の更正決議書つづり内にあるはずであり、その保存期間(五年)を考えても、昭和三十二年三月に提起された本訴(訴状送達は三月七日)において、被告からこれを書証として提出するところがないということも本件口頭弁論の全趣旨としてこれをしんしやくしなければならない。以上の事実によつて考えれば前段摘示の証拠はまだ真実本件において被告主張のころその主張のような更正処分がなされたことを証するものとしては十分ではなく、むしろ本件において右の日時右の更正処分がなされたかどうかはきわめて疑わしいところといわなければならない。さらにその更正の通知がそのころ原告になされたとの点について前記証人服部昭一の証言はそのころ原告への通知がなされたはずであるというのみで通知書の発送は同証人所属の部課の仕事でなく、具体的にその発送があつたかどうかは知らないというのであり、これによつてはまだ右通知書が原告に交付又は送達されたことを認めるには十分でない。前記乙第四号証中には徴収決定額について督促をした旨の記載がなされているが、それはいずれも昭和二十五年及び二十六年で被告主張の更正処分以前の年月日に属するから、この督促は原告の確定申告にかかる所得税のものであることが明らかであつて、それ自体本件更正の通知とは関係がない。前記乙第五、第六号証にそれぞれ更正にかかる徴収決定額について督促がなされている旨の記載があることから直ちにそれ以前本件更正処分の通知がなされていたことを推測せしめるものということはできないところである。

被告は訴外広瀬久光、田村柳吉らに対する更正決定通知書を原告に対するそれと同時に発送したところ、広瀬は昭和二十七年六月十日これを受領しているから原告に対してもその頃到達している旨主張し、証人広瀬久光の証言、同証言により真正に成立したものと認める乙第八号証によれば、原告の当時の営業所のあつた東京都千代田区神田東紺屋町とそう遠くない神田神保町にある右広瀬は右日時同人に対する更正決定通知書を受領したことはこれを認め得るが、そもそも同人と原告とに対し被告が更正決定通知書を同時に発送したと認むべき十分な証拠はないのである。乙第二号証はもともと被告から東京国税局長への報告の控であつて、発送簿その他書類発送を証するためのものでないから、これに原告と右広瀬とが列記してあるからといつていまだ右発送そのものがあつたことをすら認めるには足らないのである。むしろ被告主張の更正額は原告の申告にかかる額の三倍以上であることを考えれば当時原告においてこれが通知を受けたとすれば広瀬がしたと同様再調査の請求その他の反応を示したであろうに、そのことがなかつたことは、通知がなかつたことを推測せしめるものとさえ考えることができる。これを要するに本件において被告主張の更正決定通知が原告になされたことを証明すべき直接、積極の証拠は一つもないのであり、あるものはせいぜい通知はしてあるはずだ、届かぬはずはないという程のものに過ぎない。これに対し現に証人鈴木利雄、原告本人らは原告においては被告から右通知を受領したことはないと供述しているのである。この供述を信ずべからざるものとするとくだんの事情の認められない本件においては、とうてい前記程度の事情によつては通知があつたことを推認することができない。

以上の次第であつて、他に更正決定通知書が原告に対し発送されもしくは到達したことを認め得る証拠がない以上被告の主張する如き更正決定が原告に対して効力を生じたとするに由なく、従つてこれが更正決定により原告において被告の主張する滞納があることを前提になされた本件差押処分は、その余の点につき判断するまでもなく違法であるといわざるを得ない。

四、次に、本件差押処分が被告の主張する利子税および延滞加算税の徴収のために適法であるかどうかについて。

原告は、本件差押処分をする前提として被告の主張する利子税および延滞加算税の納付につき督促状の交付がないし、仮りに交付があつたとしても被告主張のように利子税は存在しないと主張する。国税徴収法第九条条、第十条、所得税法第五十四条は、納税義務者が所得税額を当該納期中に納付しない場合には利子税および延滞加算税を徴収することもし納付のない場合は納税者の財産を差し押えることができるが、その場合でも予め督促をすることを要する旨定めている。しかし被告が被告の主張する利子税および延滞加算税を納付すべきことを原告に督促したことはこれを認めるに足りる証拠がない。被告は神田税務署備付の申告所得税徴収簿の記載のとおり昭和二十五年八月二十五日、同年十一月二十二日、昭和二十六年三月三十一日にそれぞれ督促状を送付していると主張し、乙第四号証を提出するが、同号証(その真正に成立したこと前記のとおり。)の記載によつても督促がなされたと認めることはできない。却つて証人伊藤虎夫の証言によれば同号証の記載は原告の確定申告にかかる所得税本税についてこれが納付を督促したことを示すものであることを認めることができる。

なお、前顕乙第五号証(一人別徴収簿)の裏面には、その第一期分附帯らんに、第一期分につき被告の主張に沿う利子税額および延滞加算額が算出され、これとその一番下「督促手数料及び滞納処分費」らんの記載を併せ考えれば、昭和二十五年八月二十五日にそれらの税額の納付につき督促状を発付したかの如き疑がないでもないが、右附帯らんのうち、第一行目に記載の分のみについてみても、その示すところは「年、月、日」「計算期間」らんによれば利子税については昭和二十五年八月一日より同年十二月二十二日を期間として、また延滞加算税については同年八月二十九日より同年十二月二十二日を期間として算出されているが、利子税については同年十二月二十二日付であるからともかく、延滞加算税については同年八月二十九日付で早くもその記載がなされているという不備があり、しかもそれらの日付より以前の同年八月二十五日に利子税および延滞加算税につき督促状が発送されるということはとうてい考えられないことであるから、右に述べた第一期分の督促は原告の申告にかかる所得税本税についてのみなされたものであると解せざるを得ない。乙第十一号証は被告の発する督促状の書式であると認められ、それには加算税を記載するらんのあることは明らかであるが、これによつて直ちに右督促のあつた事実を証するに足りないこというまでもない。なお、また被告は、原告は被告のした利子税および延滞加算税の督促に応じて前記のように三千円、五千円と納付した旨主張するが、右納付の事情が右のとおりであることを認めるに足りる証拠はない。

右のとおり、利子税および延滞加算税の納付につき原告に対し督促がなされたことを認めるに足りる証拠のない以上、その督促があつたことを前提に右税の徴収としての本件差押処分は適法であるとの被告の主張は、爾余の点について判断するまでもなく違法である。

五、しからば被告のした本件滞納処分としての本件不動産の差押処分は違法であつてこれが取消を免れないものというべきである。

なお、本件請求の趣旨によれば、原告は、本件公売処分はこれを許さないとの旨の判決を求めるというが、その主張するところによれば、更正処分がなされたとしてそれを前提になされた滞納処分の一である差押処分が違法であることを主張しこれが取消を求めんとするにあることは明らかである。そしてその差押処分の取消を求める本件訴を提起するにつき再調査ないし審査等いわゆる訴願手続を経ていないことは弁論の全趣旨から明らかではあるが、これが訴願手続を経るときは本件不動産の公売処分が実施されるなど著しい損害を生ずるおそれがあることはおのずから諒解し得るところである。また成立に争ない甲第一号証、同第二号証の一、二、同第十一号証の各記載、証人鈴木利雄の証言及び原告本人尋問の結果によれば原告は本件差押処分が原告のした確定申告にかかる所得税のみの徴収のためと信じていたところ昭和三十一年十二月に至つてはじめて本件更正決定がなされていたこと、本件差押処分も右決定に基く所得税の徴収のためとしてなされたことを知るにいたつたことを認め得るところで、このような事情の存在する本件においては本件差押処分がなされた後法定の期間を経過した後に提起された訴ではあるが、(国税徴収法において滞納処分について再調査の決定又は審査の決定を経ることにより著しき損害を生ずるおそれあるときその他正当な事由あるときは再調査の決定又は審査の決定を経ないで訴を提起し得るが、この場合いつまでに提起しなければならないかは直接に規定するところがない。しかし同法にもとずく訴提起の他の場合との権衡上、処分のあつたことを知つた日から三カ月以内に提起すべきことを原則とするものと解する。)行政事件訴訟特例法第五条第三項但書に該当する事由あるものというべく、被告もまたこの点につきとくに争うところがない。

しからば本件差押処分の取消を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 浅沼武 秋吉稔弘)

(別紙目録省略)

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